人生は世知辛い。

世の中がどんどん機械化されて便利になっていき、効率化されていくことで、みんなが何かに手間取られていた時間がなくなり、どんどん自由になっていく反面、そうなることで、逆に生きにくさを感じるひとも多いんじゃないかなと感じてます。

 

そうなることで、世の中で食べ口をしのぐためだけである仕事(もちろんそれを生きがいとかにでれきば素晴らしいとは思うけど)に要求されるレベルがどんどん高くなってきて、もともとコミュニケーションが苦手だったり、飽きっぽかったり、気分の波がある人にとっては、どれもハードルが高い仕事ばかり。本当にそう思う。

 

昔だったら、そういうタイプの人でも黙々と一生働ける仕事があって、極めれば頼りにされたり尊敬されたけど、そういう仕事の多くは現在全部機械化されちゃって、現代人が主にやる仕事は、接客だったりマネージメントだったりコーディネートだったり、そういうコミュ力と空気を読まなきゃいけない仕事ばっかりで、そうでなければブラック会社系で思考停止するぐらいまで働いたり、、とか。

 

みんな、あとがないと思うから、必死で頑張ってしまう。

本当に「役に立つ人間でいなきゃいけない」プレッシャーが強すぎます。

 

この先も、追い打ちをかけるように色々なものがIT化されてって、ますます現代人がやる仕事は複雑なものか、ブラックなものかの両極端になっていくのか、、と思うと色々不安です。

 

人材不足の時代がもう来てるので、これから先、仕事がなくて困るということはないかもしれないけど、その両極端にすすむ仕事のはざまで、常に仕事に対するモヤモヤや、生きづらさを抱えて生きていくひとは増えていくんじゃないかなと。

 

こういう世知辛い世の中をこれから渡っていく子供に対して、どういう生き方を、親である自分自身が見せていけるか、ということをくそまじめに考えてます。

 

子供の教育のこともあれこれ考えるけど、やっぱり子供が一番見ているのは、自分を産んだ親(両親)の生き様なんですよね。

 

親が、どういう姿勢で人生に臨んでいるかは、ものすごく子供に対して影響を与える、と確信しているので、どういう風に私が人生を捉え、どういうスタンスで生きているのか、は、(意識して変えることはできないけど)自覚しながら、生きていきたいです。

 

 

とりあえず、視野を広く持って生きていきたいです。

視野が広ければ、問題には色々な解決策がある、ということがわかるから。

たとえ実行できなくとも、「どうにかなるかも」という楽観さにきっと繋がっていくから。

 

 

視野を広くもつためには、本を読むことが大事だと思ってます。(本当は色々なことを実体験できれば良いんだろうけど、家から出ないので笑)

忙しいから、とか日々流れていく日常のせいにしないで、ちゃんと本は読もうと思います。

そして今、生きている生身の人と色々と交流すること。コミュ障ならば、むりに交流しなくても、生身の人がつれづれに書いている日常ブログを、毎日じっくり読むだけでも違うと思います(←私)。

 

あとは、色々な個性のひとが、それぞれに合った生活を、無理なく送れる世の中になってほしいですね。そういうことも社会の一員として考えていきたいとやっと思える年代になったアラフォーです。