友達と疎遠になるきっかけってなんなんだろう。と改めて考えてみた。

年賀状。

今年は、「とうとう来た人にしか書かない」スタイルになりました。

積極的に「年賀状はもう終わり!」て思ったのではなく、年末に一家でノロウイルスに感染し、一気に年末ムードがしぼんで年賀状書く気力がなかった、、というだけなんですけど。

 

で、今年、

「ああ、とうとう年賀状やりとりすら消滅。このまま、あの人とはフェードアウトかな。。」

と思う友達(知り合い)が何人か。。

もうさっそく、走馬灯のように彼らが脳裏に駆け巡ってます。。

 

よく、結婚したり出産すると友達とは疎遠になりやすい、とか言いますが、私は意外とそのステージでの「友達との疎遠」の波は来ませんでした。

 

その前の社会人何年目かあたりで、一気に「友達と疎遠になる」時期が来て、その時期に、大量の知り合いを携帯から削除して(一体なにがあった)、人間関係が一気に軽くなったというか、すがすがしくなった(私の人間性、、)のですが、そのあとは、そこまで自分から仕掛ける(笑)ことはなく、現在にいたります。

 

でも、それでもここ数年、ちょっとずつ疎遠になった友達が、2人います。

2人とも、ずっとおばあちゃんになるまで仲良くするんだと思ってました。

 

 

友達と疎遠になるきっかけ、て、私の場合、やはり「考え方の違い」が多いです。

私が変わったのかもしれないし、相手が変わったのかもしれない。

そこはなんとも難しく、お互いさまなのかも。

 

ああでも、「考え方の違い」というと、なんだか理知的で、良い言葉すぎますね。

 

もっとえげつなく言うと、たぶん、ほんの小さな「あ、ちょっと許せない」の積み重ねで、お互いに何も言わないけど「疎遠になる」道を選んだんです。

 

お互いににこにこしながら会いながらも、ちょっとずつお互いに「あ、ちょっと許せない」が積み重なってゆく。

言葉にできないほど微妙な感覚だから、相手に伝えるまでもなく、スルーしてしまう。

 

そんな微かな違和感から始まって、そこからどんどん「あ、ちょっと許せない」が積み重なっていき、ある日ふと「もうこれが潮時なのかな」と両者が思うタイミングで、泳ぐ魚のように別々の方向へ向かう。

大きな喧嘩や言い合いもなく、何も言わずにお互い去る、て形でした。2人とも。

綺麗な感じで疎遠になるあたり、たぶん私も去ってゆく友達も、やっぱり似たもの同士だったのかもしれない。

 

時々ふと洗濯物を干してるときとかに、

「もっと真正面から向き合っていれば、こういう結果にならなかったのかも」

と思うことがあります。

そんなときは、さびしいのと同時に、正直、後味の悪さを感じています。

疎遠になった全責任が、自分にあるような気がして。

 

見かけ的には後腐れなく疎遠になったとはいえ、お互い、最後に何を考えていたかわからない。

それが最後だと、やっぱり、ちょっとさびしい。

 

どうせ疎遠になるなら、派手にやりあって(?)疎遠になったほうが、よかったのかなとか。ビミョーに本末転倒的なことを考えたり。。

でも、そんな思いも、日々の生活に追い立てられるうちにすっかり忘れ去ってしまうんですよね。

 

そんなこんなを、来た年賀状、来なかった年賀状に思いをはせながら、ゆっくりできたお正月に、考えちゃいました。