戻りたくない時代、ひとりの年末年始

過去にそれほど執着はなく、過ぎ去ったことはただの脳内記憶以上でも以下でもないと思っているクチの人間ですが、戻りたくない時代というのは当然あって、

 

私にとってそれは、20代後半から30代前半くらいの時代。

 

いま振り返ると、毎年毎年、クリスマスも年末年始もひとり(プラス猫)で過ごしてました。

(年末年始、実家に帰ることもあったけど、実家が寒いのと退屈なのと猫を留守番させたくないので、三年に一回くらいしか帰らず)

 

大晦日にはひとりで紅白歌合戦を観て、正月には、激混みの浅草寺に出向き、参拝の長蛇の列に一人で並んだりしていました。

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その頃、自分はひとりだとか孤独だとかいう認識は思いのほかなく、結構呑気で気ままに生活していて、毎年恒例の浅草寺のひとり正月参拝も、特に何か感じた記憶とかがありません。(どうかしている)

 

ただ、振り返ると、思い出として、凍えるような寒さをそこに感じる不思議。

あの頃の生活に戻りたいと、まったく思えないのです。

 

そんな自分にもターニングポイントらしきものがあり、

このままずっと一人でいるわけにはいかない、一人でいたくない、

と強く認識した出来事があって、

 

それは30歳の頃、胃腸の病気で緊急入院したとき。

(猫は姉にお願いしました)

 

 ちょうどお盆の時期で、大部屋の病室も、日中はすごく静かな雰囲気でした。

 

だけど、夕方になると、同室の患者さんの旦那さんなどが小走りで病室に駆けつけて面会しにくるんですね。

そして、旦那さんが面会に来た患者の人はみんな、面会後はちょっとほっとした顔をしていたり、そういうほっとした空気が部屋じゅうに満ちる感じがあり、

 

そのとき初めて、自分の独り身を寂しく感じた記憶があります。

 

そう言えば、ずいぶん長い間、誰かと楽しさとか悲しさとかそういうものを共有していないなと感じました。

 

私はこの先も、なんとなく仕事だけ頑張って、ひとりで生きていくつもりなのか自分に問いました(病室のベッドの上で)。

 

出た答えは、

「ひとりで生きていくつもりは毛頭ない。新しい家族を作る」

でした。

 

なので、退院時、自分のなかで誓ったことは

「仕事はそこそこにして、これからは人づきあい重視。へこたれることがあっても婚活する。あきらめない」

でした。

 

人生打算的と言われればいかにも打算的な感じですが、

私はいままでの人生、要所要所でスムーズに行ったことはなく、

 

受験も、頑張って頑張って第二希望のところ、

資格の試験勉強は、死ぬ気で頑張ってギリギリ合格、

就職試験は、一社だけ受かったからそこへ入社(一年で退社)、

 

みたいに、必死で頑張って頑張って、やっと何とかセーフみたいな生き方をしてきたので、

 

結婚だって、意識的に頑張らなきゃ多分ダメだ、と最初から自覚があり、

(自然体でいたら自然に誰かと出会って気づいたら結婚できたとか、ないな、と)

ものすごくまじめに婚活に取り組みました。

 

私が思うに、

スムーズに色々なことが運ぶ、そういう星の下にいる人、

というのもたしかに存在する気がします。

 

そういう人に憧れるものの、どうやら自分はそういう星の下(以下略)ではない、だから、願いがあるなら、頑張らなきゃ手に入らない、という思いは、小学生くらいの頃からあった気がします。

 

 

縁あって、なんとか結婚できてはや数年。

 

とりあえず、あの時、焦ってみてよかったと思っています。

焦ってなかったら、今も独身のはずです。

 

そう思うと、ちっぽけな決意って、不思議ですが、時に大きく人生の流れを変えるんですね。

 

そして人間、どこかで自分の人生動かすためには、意識的にアクセル踏まなくてはいけない時期がきっとあるんですね。

 

なので、アホみたいな笑える婚活体験記が、ネタとしてはたくさんあるのですが、

そういうのって、「婚活カテゴリ」とかでやるほうが良いんでしょうね。きっと。

 

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