毒舌を捨てる。

昔、私が大学時代くらいに「天然」という言葉が流行りました。

天然風の女の子が、とてもちやほやされた時代です。

今振り返ると、楽しくて良い年代だったと思います。宇多田ヒカルちゃんが鮮烈なデビューを飾り、フジテレビの女子アナが無双していた時代。私はワンダフルという深夜番組が大好きでした。

 

最近の先行き不透明な時代の中で、天然という言葉は随分聞かなくなった気がします。

天然ぶっていると、本気でバカだと思われるリスクの方が今は高いからかもしれません。

 

代わりに、ゆとりって言葉がありますね。私はゆとり世代の人たちが好きです。

飲み会嫌いですとかきちんと意思表示できたり、これ本当に意味あるんすか?とか常に本質を知ろうとする姿勢とか、自分自身に対する誠実さを感じます。あの時代の教育、一番正しいんじゃね?と個人的には思っています。

 

で。

天然という言葉が流行っていた時期と同じくらい、「毒舌」という言葉も脚光を浴び始めたと記憶してます。

 

ぱっと見は優しそうな女の子が、顔に似合わぬ辛辣な意見を言ったりすると、おおー!と男子がどよめいたりしていた、そんな光景。

 

結構、私の世代の女子は、あの頃に「毒舌のおいしさ」を味わったが故に、おばさんになった今でも毒舌を売りにしちゃってる友達がいたりして、社内の後輩などに本気で怖がられていたりする子も。

 

「おーい、もうそろそろ丸くなりなよー」

とやんわり言っても

「これが私のスタイルなの」となかなか崩そうとはしません。

 

かくいう私も、そうでした。

毒舌を一つのアイデンティティだと思っていたクチの一人です。

 

今思えば、最初のきっかけは、地方から都会の大学に出てきて、都会のヤツラに舐められないようにと、なんとなく毒舌づいていったのが始まりだったと思います。

 

私の場合は、特に毒舌に対する恩恵を受けることはなく、都会へ一人出てきた女子が、「武装」するための手段として使っていた気がします。

 

ですがここ数年、いい加減、毒舌にはさよならしたいと思い始めました。

 

理由は、これくらいの歳かそれ以上の年代の女性になると、素敵な人は、大体優しいことに気づいたからです。

 

毒舌は、まだ世間を知らない若い子が、なんだかよく分からない世の中に汲みすることなく生きるために頑張ってする、それは一生懸命で可愛く見えるけど、おばさんがやっても、それはただの意地悪でしかない。

 

毒舌と愛情のバランスを上手に取って、エンターテイメントとして昇華させられる稀有な才能を持った人をテレビで見ることがありますが、それは多分、本当に一握り。

素人がやっても火傷します!

てことで。

 

シンプルに優しくなりたい、というのが最近の気分。

でも、長年にわたって選んできた言葉のチョイスは、なかなか小手先の心構えでは変わりません。

口先だけでなく、やっぱり性根から変えていかないと、ダメですかねえ。

 

 

 

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