日記、捨てる

部屋を片付けると決めてから、「まずあれだよな」と内心思っていたものがある。

それにとうとう着手することにした。

 

日記だ。

大学時代の。

 

一体いつまで持ってるんだという話である。

就職、転職、結婚、出産というライフイベントで幾度か引越しをして、その都度捨てずに持ってきてしまった。

 

この家のどこにモヤモヤしているのか、モヤモヤ探しをし始めた時、潜在意識のなかでもっともモヤモヤ信号を発していたのは、収納ケースの奥深くにひっそりといるこの簡素な大学ノートの日記帳だった。

 

多感な大学時代の出来事や悩みがつらつらと綴られている。

直視するに耐えない。

まあ別にただの普段の何気ない日常が書いてあるだけなのだが、若い時に考えていたこと、真剣に思っていたことって、なんでこんなに心をかきむしるのだろう。

 

しかも、面白くない。

誰に宛てたわけでもないその日記は、自分の思い込みと主観100パーセントの内容で退屈で若さゆえの粗さしかなかった。

 

私は当時、もっと人に好かれたい(男女ともに)とずっと思っていた。

でも、自分が思うようには好かれなかった。


この日記帳を見ると、当時のそのフラストレーションが、痛いほど伝わってくる。人好きされない理由は、今日記帳を見返すとよく分かる。自分のことでいっぱいいっぱいで、ひがみっぽくて、暗い。

 

なぜこんな心の掃き溜めのような日記帳をここまで大切に持ってきたのだろう。

 

たぶん、当時の自分がかわいそうで、今まで捨てられなかったのだ。

 

でも、もうだいぶ時間が経った。

 

供養のつもりで持っていたこの暗い日記帳。捨てよう。と思った。

昔の自分、そして未だにどこかでそれを気にかける今の自分、どちらも解放しようと思った。

 

 

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリスト志望へ
にほんブログ村