怠惰な夏休み。休みは休みとしてママも享受

幼稚園の夏休みが始まりました!

休み初日は、かなり怠惰な1日を過ごしました。。

 

10時起床→ブランチ→子供とゴロゴロして遊ぶ(テレビつけながら)→そのまま昼寝に突入→起きたら17時→前日の残りを中心とした夕ご飯→だらだらテレビみて、21時に消灯

 

という感じでした。。。

夏休み初日から、

  • 朝10時起き
  • だらだらテレビ
  • 1日2食
  • 外へ一歩も出ず

という感じでスタート。。。

f:id:yasumin00:20180715094921j:plain

子供、というより私が、もう率先して夏休みって感じですね。

まあ、慣れない園生活やPTA、弁当作り、ママ友とのふれあいなど、私自身、1学期はとても頑張った気がします。

おおむね楽しく過ごせましたが(人懐こい息子、おおらかな園の校風におおいに助けられた部分も大きいです)、やっぱりコミュ障ズボラママ、疲れ切ってしまった部分もありまして、初日は私のほうが

「夏休みだぞ!誰とも話さないぞ!だらだらするぞ、イエーイ」

と張り切っている部分もありました。。

 

こんな有様ですが、一応、夏休みの目標は立てていまして

「子供たちと楽しくすごす」です。

 

園の期末のおたよりに、

「宿題のない夏休みは、幼稚園の今だけです。おやすみ中は親御さんたち家事もたくさんで大変かもしれませんが、お母さんたちも、夏休みを夏休みとして過ごしませんか。子供たちと一緒に楽しんではいかがでしょうか」

という先生からのメッセージがあり、

単純な私は

「そっか。そうだよね!」

と思い、

プールや公園や帰省先で、お気に入りのワンピースを着ながら日焼けして蚊に刺されながら率先して遊び、こどもたちとワクワクを共有できたら嬉しいなと思いました。

 

まあ、そのしょっぱなから

「怠惰な1日を過ごす」

を図らずも達成してしまいまして、多少の罪悪感はありますが、まあ先は長いので、これからこの長い夏休みを心ゆくまで味わいたいと思います。

 

 

アラフォー主婦のお小遣い事情

世の中の主婦の皆さん、お小遣い制度ありますか?へそくりありますか?

私は、ずぼら管理ながらもなんとなく、お小遣い制度はある感じです。ただし、徹底的には管理してません。

へそくりに関しては、我が家は住宅ローン返済のために、私も自分の貯金をあらかたはたいてしまったところなのでほとんど残っていないのですが、とりあえず「子供だけ連れて夜逃げできる」(笑)くらいの額は残しています。といっても頼りない額なので、これからもう少し増やしていきたいとは思ってます。

f:id:yasumin00:20180708102414j:plain

お小遣いに関しては、とりあえず、自分のパート代から1万円、自分のお小遣い用口座に毎月いれています。それと、生活費から余った分も自分の小遣いにしたい、、と思っているけれど、それは大体余らず。

 

あと、出産前後の無職時に始めたライター業、現在もほそぼそと同じクライアントから時々案件を受けているので、ときどきその報酬(すずめの涙ですがありがたい)が入ります。それらを合わせて大体、月に1〜2万円くらい。

少ないのか多いのかわかりませんが、いまのところ、間に合っている感じがします。

 

それくらい、最近自分のためにお金を使っていない感じです。

主婦にとってお金がかかるのは、おもにお稽古ごととか、化粧品と洋服代とかランチ代だと思うんですが、

  • お稽古もしていない。ランチも行かない
  • 化粧品は、1回買ったらずいぶん長くもつのであまり頻繁には買わない
  • 洋服は最近は安いものしか買ってない

ので、本当にお金がかかってないです。

 

こう書いていたら、もう少し自分のためにお金使っていいんじゃない?と一瞬思いましたが、自分のためには使っていないけど、子供のためには結構使っちゃってるんですよね。

おもちゃとか洋服とか靴とか(子供の靴ってなんであんなすぐボロボロになるの?)毎月、なにかしら買ってます。

そのなかには、浪費なんじゃないか?と思えるものも混じっているんですが(何枚ものTシャツの洗い換えとか、似たようなおもちゃとか)、子供のためのもの、と思うと思考が鈍って「ムダだ」とばっさり切れないところが、悩ましい。

 

もうすぐ夏休みが始まります。

子供の夏って、人間の長い一生のなかでも、とりわけ記憶に強く残るもの。

親として、なにかしたくなる気持ちも、子供がなにかをやりたいと思う気持ちも大事にしつつ、

子供たちのおねだり攻勢も(1歳の娘もすでにおねだりする)勢いが増してくると思うので、事前に財布と相談しながら対策を検討しようと思います。

どうせお金を使うなら、モノではなく体験やコトに使いたいですね。

「何事も楽しむきもち」を、人生で持ちたい。そのための修行とは

「なにごとも楽しむことを、心がけてます!」

という言葉、いままで正直、あまりピンと来たことが人生でありませんでした。

特に育児系雑誌とかで、繰り返し出てくる言葉ですよね。

なんとなく、

「もともとポジティブな人が、さらに自分を元気づける類の魔法の言葉なのだろう」

と非ポジティブ代表主婦(しょっちゅう育児ストレスがどーたら言っている)である私としては、かなり「蚊帳の外から」その言葉を眺めていました。

f:id:yasumin00:20180705222939j:plain

 

なんですが、ふと昨夜、子供が寝静まり、明日の弁当の用意などをとぼとぼと終えたとき、ふとシンクの前で

「やっぱり、とりあえず何事も楽しもう、という気持ちを、今からでも身につける価値はあるかもしれない」

と思えたんです。理由は不明(笑)。

(こういう、なんとなく今後の方向性を決定づけるかもしれない思いつきって、台所とか、道ばたとか、ふとした場所で降りてきますよね)

 

もともと幼い頃からペシミスト寄りだった自分。その理由を考えてみたら

「なにかを楽しみにしてたり、すごくワクワクしてたのに、期待に反して結果がよくなかったときの落ち込み」がずとーんと辛すぎて、「楽しもうとする気持ち」に最初からセーブをかけてるところがあるんですよね。傷つきたくないから、最初から傷つかないよ!みたいな。(日本人に多いタイプとみた)

 

だから、まずは「楽しもう」と(なんの事前準備もせずに)ものごとに前のめりになる前に、私のようなペシミスト野郎は、「結果が思ったようでなくても、あまりへこまない精神」を下地として作るほうが先かも、と思いました。

 

その「期待はずれでも、必要以上にへこまない」方法については思案中ですが、たぶん、いちいち引きずらないことが大事な気がします。

引きずらないようにするためには、うだうだとアレコレ考え続ける自分に、どこかでキリをつけたり、「その思考は、ムダ。必要ない」とばっさり引導を渡す訓練をすることが大事かなと思います。

 

そこらへんは、以前読んだ「反応しない練習」

がいい仕事してくれそうな気がするので、また引っ張り出して読んでみようと思います。(内容忘れたので)

 

それにしても、自己啓発本て、読んでるときにはものすごく感銘を受けたり、やるぞ!今から!とメラメラ思えるのに、読んで本を閉じた瞬間から、記憶から ごっそり抜けおちてしまうのはなぜなんでしょうか。。。(たぶん私の読み方がおかしいのかも)

幼稚園帰りの公園遊びはお好き?

いま子供が通っている幼稚園、園バスはなくて、送り迎えは親がするのですが、降園後の公園遊びがほぼ日課になってきました。

「なんだか幼稚園ママぽいな!」と感じています。

 

同じ公園に行くと、同じ幼稚園ママさんたちとお会いしますが、私は歓談するというよりは、よちよちの下の子が歩くのを追いかけなくてはいけないので、もっぱら幼子の付き添い専門て感じなので、歓談にはほとんど混じらず、最初と最後に自分なりの最大級の感じの良い笑顔を皆さんにして、さっと帰るということだけを心がけています。

まあ気楽といえば気楽ですが、今日みたいに32度の午後にも公園遊びに付き合わなくてはいけないのは大変、、。

 

最近ようやく周りが見えて来て気付いたんですが、公園で会うメンバー、ほぼ一緒なんですね。

それで、みなさん幼稚園降園後ってどんな行動しているのかしら?と素朴な疑問を感じてさりげなくリサーチした結果

  • 公園へ直行派
  • 習い事直行派
  • 昼寝派
  • ママと二人でいたいから帰る派
  • ママが公園遊び嫌い(特に砂遊び)だから絶対お家帰る派

などなど色々なパターンが(この複合パターンももちろんあり)あるようです。

私は、自分が積極的に行きたいわけではありませんが(できれば昼寝派希望)いまのところ習い事もしていないし、子供がなにより公園であそびたがるので公園あそび直行派です。

 

しかし世の中、この「降園後の公園遊び」(ダジャレみたい)がしんどくて仕方ないというママさんも多いらしいことをネットで知りました。

 

公園で群れて談合(?)しているママ集団て、なんだか独特の迫力あって近づきにくい雰囲気ありますよね!

私も以前は、その集団の独特の威圧感(?)が苦手で、幼稚園降園時間帯に子供二人を連れて公園遊びに行くのは少々避けてました。

 

でもその楽しげな集団内でも「こんなことしてないで帰って寝たい」とか「はあ、気を使うなー」とか思って悩めるママさんも混じっているんだな、と思うとなんだか迫力あって怖く見える集団も、人間味が増して見られるってものですね。

午前中の30分の片付けと掃除で「始末の良い暮らし」がしたい

「丁寧な暮らし」というフレーズに憧れがあると同じくらい

「始末の良い暮らし」というフレーズに惹かれます。

 

「始末の良い暮らし」というのは、私にとって、

  • あとを引かず、その場でさくっとすべて仕事を終了できる
  • 自分のキャパを超えるものを持たない
  • なるべくすべての工程をシンプル化し、複雑化させない

そんな生活イメージです。身軽で、軽やかな、暮らし。

f:id:yasumin00:20180608212807j:plain

ただ、ものを減らすにしても、家族4人、さすがにものを減らしすぎることはできないし(今現在、かなりものは減ってきて、これ以上減ると生活に支障が、、!)、

自分の家事スキルの問題なのでしょうけど、、

どれだけ始末の良い暮らしを願っても、

  • すぐに洗面所まわりに散らかる洗濯ものの山
  • 気づくとリビングにうっすら白くつもっている、ホコリとか食べかす
  • ものを極力置かないようにしていても、毎日あっという間に汚れる台所まわり
  • 洗面所とか、浴室のドアのサッシにたまったほこり(湿気で固まると掃除大変)
  • 拭いたと思った数秒後にまた汚れているテーブル(犯人は3歳と1歳)
  • 拭いても拭いてもすぐにベタベタの手形がついているテレビと窓ガラス(犯人は同)

こういうものに、毎日毎日、追い立てられてます。ええ。

 

まあ、上記に挙げたものって、綺麗にしても、人が生活している限り、すぐ汚れるんですね。主婦業初めてから数年、ようやく受け入れました。もうこれは、運命なのだと。子供に怒ったって、効果ないし、そもそも「窓さわるな!」て言うのもどうかと。

ここらへんがイヤなら、生活すんな!息するな!てことになります(真剣)。

 

同時に、私が1日の上で、片付けたり掃除したり埃とったり、といった「家事」(調理は含まず)をするキャパシティ限界は、どうやら午前中の「30分」ということが研究の結果わかりました。

 

それより短いと、「掃除してない」という気分でモヤモヤするし、それより長いと、飽きるし、疲れるし、汗だくになる。そして午後と夜は、まったくやる気が起きません。

 

たぶん、これを認めることができずに、長い間、モヤモヤしたりキーとなったりしていた気がします。

もっと、長い時間家事できるよ!私!と思いたかったんです。

でも、冷静に自分を見つめ直して、やっぱり30分しかあなたできないでしょ、と思いました。

仕方ないです。

 

 

だから、「汚れない」「散らからない」ことに主眼を置きすぎるより、

「午前中の30分の掃除で、とりあえず始末をつけられるような程度の(散らかり具合の)家にしたい」

と思いました。

そのための、片付けの動線や汚れをためすぎない工夫については、これからまた検証(つまり他の方のお片づけブログなどを読み漁る)、実行していきたいと思います!

 

 

 

どうしても手放したくない。自分でお金を稼ぐことを

headlines.yahoo.co.jp

 

週に1回、旦那に子供を押し付けて無理やり仕事復帰しています。

仕事に行く朝は「ああ、世の中は休日だというのに仕事だわ」という気分になることもあるけれど、それでも、「無理やり仕事へ行く時間を作っている」現状。

 

もーこんな色々無理してやることないんじゃない?子供ちっちゃいのに。

とほうぼうから言われたり言われなかったりする(どっち?)のですが、

大変だけれども、私にとって仕事へ行って本気で仕事してお金をもらう、ということは、今の自分にとっては「最低限のセーフティネット」なる位置付けで、やっぱり、仕事へ復帰して「ほっ」としている部分があるのが事実です。

 

私は薬を扱う仕事をしていて(ほぼなんの職業か特定できそうですが)、1年でもブランクがあくと、その間に膨大な数の新薬が出たりして、ただでさえ忘れっぽくなっているのに、新しく覚えることが山積みで、恐怖を覚えます。また、あの現場での独特な緊張感は、ブランクがあくとさらに戻ることに対して恐怖を感じるようになります。

 

そういうことで、何年間かのブランクののちに、もう最前線に戻ることがこわくなって、仕事に戻ることを辞めた同胞を何人も見てきました。気持ちは痛いほどわかります。

 

でも、私は、ものすごい貧乏根性がある人間なので、「せっかくここまで頑張って勉強して続けてきた仕事、ここで途切れさせてなるものか。自分の収入源を途絶えさせるわけにはいかぬ!ここまで勉強に費やした学費いくらかかってると思うの!全然取り返していない!」という一心だけで、無理やり復帰しています。

 

疲れるけれど、集中して仕事をする感覚を取り戻すことができて「よかった。まだ私、一応…使い物になるかもしれない」と思えたときは、なんともいえない安堵感がありました。

 

でも、この前、薄井シンシアさん著「専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと」を読んで

 

 

急いで再就職しなくとも、主婦業を徹底して行うことでものすごいスキルがついて、50歳を超えてからの再就職で新しく道を切り拓くこともできるんだ、と勉強になりました。

17年の専業主婦から薄井シンシアさんは→“給食のおばちゃん”→電話受付→外資系一流ホテルの営業開発担当副支配人を経て→現在、5つ星+のラグジュアリーホテルに勤務という華麗なる経歴)

 

ただ、読んでいると、主婦業をかなりプロフェッショナル目線で行なっているシンシアさんだから成し得た偉業とも言えそうですが。。

(私には逆立ちしてもできなさそうな家事のマルチタスクとかの方法が書いてある)

 

まあ、なにはともあれ、最終的には「自由に」生きたいものだな、でも「自由」て難しいな、と思いながら、毎日ひーひー生きてます。

 

 

よそのお家はよその流儀。ちょっと反省する出来事

 幼稚園のママ友とは、つかず離れずの距離感で日々を過ごしています。

ぼーっとしていると、つい失言しちゃうタイプなんで、余計なことや失礼なことを言わないように、毎日すごく気を使っているせいか、もともと学生時代から仲が良かった友達と話すとすごくほっとして、ついついいつも以上に(嬉しくて)本音でしゃべっちゃうことも。

そんななか、昨日、高校時代からの友人と電話でおしゃべりしました。たくさん喋り倒して、楽しい時間を過ごして気持ちよく電話を切ったあと、夜ふと寝る前に、

「もしかしたら、失礼なこと、色々言ったかもしれない」

とはっと振り返りました。

f:id:yasumin00:20180613222011j:plain

 

その子とは、同じ年の子供がいます。彼女は色々考えて、自分の子を早期教育や英語に力を入れた一般とはちょっと違うユニークな幼稚園に通わせているんですね。

その月謝を聞いたら、びっくりするような値段で、1年通ったら割と立派な車を買えてしまうほど!

今までの貯金を切り崩しながらそこへ通わせている、という話を聞いて、お節介ながらも思わず

「まだ3歳だし、(小学校は普通に地域の公立に行く予定とのこと)ずっとその教育を行うつもりじゃないのなら、もう少し大きくなってからでも間に合うんじゃない?」

みたいなことを言ってしまいました。

 

その子は、うーん、それもそうなんだけど色々夫の意見もあってねー、と流してくれてそのまま話題は違うことに移っていったのですが、

 

振り返ってみると、その子は旦那さんと色々悩みながらもきっと大事な我が子にその教育を受けさせることを決めたはずなんですよね。

それを、ぱっと聞いただけの私が、ずいぶん無責任に「いまはまだいいんじゃない?」みたいなことを言うのは、本当に失礼だし、余計なお世話でしかないよなあと、自分自身の言動を振り返り、絶望しました(笑)。

 

自分もどこかで、いっぱしに子供を育てている気分になっているのかもしれません。子育てに必死すぎて視野も狭くなってきているのかもしれない(それはまあ仕方ないけど。本当に大変だから)。

そんななかで、よその家庭が自分の家とは流儀の違うことをしていると、余計なことを考えたり(関係が近いと)言ってしまったり、するようになってきている、これは気をつけないと、と自分を戒めました。

 

その友達には、今度話すときそれとなく謝りたい(なかなかまっすぐ謝れないんだけど)と思います。

長く付き合ってきている友達を、自分の了見の狭さや、自分の考えと違うという理由で失うのは、やっぱり悲しいです。

気心知れている友達だからと甘えずに、「親しき仲にも礼儀あり」「よそにはよその流儀がある」をちゃんと心に刻んでいこうと思います。