ママリュックを買い替え。一押しは無印良品

ママになる前からリュック派でした。

リュック、便利ですよね!大好き!

ノートパソコンを持ち歩くことが多かったので、リュックは一番頼りになるし、どんな装いでも(ドレスとかじゃなければ)意外とリュックって合うことが多くて、とにかくリュックがないと生きていけないくらいリュック好きです。

 

ところで、リュックの寿命てどれくらいでしょうね。

週に4,5日の頻度で使って、リュックの寿命は良くて3〜4年、と個人的に感じてます。

 だいたいそれくらいの頻度で、これまでもリュックを買い替えてます。

 

私のリュック遍歴ですが、

 

先代がEASTPAK、2代目がHERSCHEL と、割とメンズ寄りのリュックを愛用してきました。

 

2代目のHERSCHELは「Settlement」というモデルで、シンプルだけどスタイリッシュ、頑丈、ということでかなり愛用していました。

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で、今回もHERSCHELにしようと思っていたんですが、

ふらっと入った無印良品で、ミニマルなリュックを見つけたので、即買いしてしまいました。

 

結果的に、この無印のリュックがとても使いやすく、現在、すごく気に入ってます。

「肩の負担を軽くするPCポケット付撥水コットンリュック」税込3990円。

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www.muji.net

 

無印良品は様々なリュック製品がありますが、ポリエステル製の同じ「肩の負担を軽くする〜」は軽くて良いけど、少々ペラペラした生地が好みではなく、この撥水コットンリュックが質感的に一番好みでした。そして、

  • 標榜しているだけあって、肩への負担が軽い
  • かなり丈夫
  • 汚れにくい
  • シンプルだけどコットンなので冷たい感じがしない
  • 今日は雨でずぶ濡れになったけど、確かに撥水している(中のPCは無事)

と、リュックに求める基準(個人的に)を全て合格しています

何と言っても、決め手は

「ミニマル」ということ。

これ以上ミニマルなデザインのリュックてないんじゃないだろうか。。

 

これが3990円なんて、おそるべし無印。と思いました。

 

そういうわけで、買ってから週に5日はこのリュックを愛用しています。

もちろん、ママリュックとしても優秀。

オムツだの水筒だのウェットティッシュだのタオルだの財布だの、全部ぽいぽい投げ入れてます。

もう少しくたびれてきたら、もっと良い味が出そう。

 

しんとする時間

しんとしてますか?

 

最近、「慌ただしい!」とか「忙しい!」とか「疲れてる!」と言うこと自体の「楽さ」にすっかりスポイルされてて、忙しぶっているのが常態化しています。

 

「忙しい」「慌ただしい」ということをアピール(誰に?)することで、「これ以上の面倒ごとはごめんだよ!」と予防線張っているんですよね。(だから誰に?)

 

でも、そういうのが常態化していると自分の時間なのに自分が振り回されてる感があるし、予防線張っている割にはいつだって面倒ごとは起きるし(自ら面倒ごとを起こしていることも多い)、あまり良いことはないなあ!と最近しみじみ思います。

 

同時に、最近「しん」としていないなあ、と思いました。

「しん」とする時間が、

子供の頃は、たっぷりあった気がします。

夕食後に自室にこもって過ごす時間、寝る前のベッドでの一人の時間、登下校の一人になるちょっとの時間。

そんな時、つらつらと様々なことに思いを馳せたり、ぼーっとしたり。そういうしんとした時間がないと、やっぱり人間たるもの、心の潤いや、含蓄、ウィットが足りなくなる気がします。

 

スポーツしたり、何かを楽しんだり、オシャレしたりおしゃべりしたり!美味しいものを食べることも大事だけど、それだけではやっぱりどこかに虚しさが残るという場合、「しんとする」時間が足りていないのかも。

 

私はここ数年、育児にてんてこ舞いでいつだってストレスフルで、でも、美味しいもの食べたり一人の時間に楽しいことをすれば、ストレスはある程度解消できると信じてました。

でも、頑張ってそういう時間をとっても、どうしてもある空虚さが埋められていないことに気づき、はて、どうしたものか、と考えた末に、

「しんとする時間が足りてない」

と思い至りました。

 

これは、子育て云々ではなく、どちらかというと自分の問題でした。

どうもここ最近は、ようやく時間が取れても

「しんとしている暇があったら、あれやってこれやって、もしくはもっと能動的に人生を楽しみたまえ!」

と自らにハッパをかける傾向があった気がします。

 

スマホがあると、さらに誘惑に弱い私はスマホをいじってしまい、せっかくの余暇をスマホタイムで終わらせてしまうという残念なことをしています。

 

しんとする時間がないと、やはり心の落ち着きをとりもどすのは難しいかもしれない。

でも、急にしんとすることも(ブランクがあってなかなか)難しい。

 

そんな時、大いに助けになるのは「読書」かもしれないと思っています。

一人の人が本気で魂込めて書いた文章を読んでいると、気持ちが不思議と落ち着くことが多いです。

 

「本を読むのも疲れる」と読書すら距離を置いていたのですが、スマホいじるぐらいなら、これからは本を読みたいなと思います。

 

ベタですが、以前に話題になった平野啓一郎さんの 「マチネの終わりに」などを読んでみたいと、これからの秋の夜長、楽しみにしています。

 

 

 

 

夏の体調不良が、ようやく過ぎ去る

秋ですね。

すーっとした気持ちの良い秋風を感じて、ようやく、なんだかほっとしています。

今年の夏。

つらかったぁぁぁぁ。

暑さは人を壊します。

皆さん、お疲れ様でした。

でも、夏の間は、なんたって夏休みもあるし、途中で気持ちを切らしたら本当におしまいだ、と決死の覚悟で、

「ものすごく暑いけど!気の持ちようで乗り切れる!ね!楽しいかも!」

と前向きなノリを重視し、なんとかやっていましたが、

ようやくこの酷暑を乗り越えて一言、

「あんだけ暑けりゃ具合い悪くなって当然」

「気の持ちようで乗り越えられるレベルの気候じゃなかった」

と言いたいです。

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夏が始まる前から、咳だの痰だの微熱だの歯痛だのと、ぐずぐずと体調崩していましたが、先日、とうとうそれらの「体調不良オンパレード」のフィナーレ(集大成)にふさわしい、40度近い高熱を出しました。

 

久しぶりにそんな高熱出しましたが(ちなみにインフルではありません)、あれですね、高熱って、「高熱の前兆」あたりが、強烈に辛いんですね。

 

ぞくっと体の奥から迫る悪寒、普通の時なら真似すらできない歯をガチガチさせてしまう震え、立つこともできない倦怠感。

 

そんな中、子供達になんとかシャワーを浴びさせようとしたんですが、シャンプーをつけるところまで力及ばず、お湯をかけるだけで終了。(子供達も不思議顔でした)

 

なんとかパジャマまで着させて、あとは放置し、私は布団に突っ伏しました。

 

そのまま、毛布にくるまり歯をガチガチさせながら、「来るならさっさと来い!」と高熱を今か今かと待っていると、やがて高熱の波がやってきて、ようやく震えが止まりました。(毛布は蹴っ飛ばした)

 

結論から言うと、39度以上まで上がりきってしまう方が楽ですね。

ゆったり温泉に入っているような気分。

そのままぼんやりと熱に浮かされながら、寝たり起きたりを繰り返し朝を迎えたのですが、(子供達は勝手に布団周りで寝ていました)

明け方は、熱がスッキリ下がっていました。

 

その爽快感たるや。

 

体の中が戦いを終えた、というのがよく分かる解熱体験でした。

 

不思議と、その高熱の後、夏にずっと続いた体調不調が嘘のようにスッキリ消えた気がします。(まあそうは言っても、人より疲れやすいんですが、、)

 

あの高熱が、いろいろな体の中の有害なものを燃やしつくしてくれたのかしら?と不思議に思ってます。

 

このまま、穏やかな体調で秋から冬を過ごせたらいいなあと思います。

 

 

自分勝手な感情は、大切にするけど、ぶつけないようにする

自分勝手な感情とか、わがままな感情て、ありますよね。

例えばその最たるものが「お腹が空いて機嫌が悪い!」というもの。

私は、不惑も近づいているのに、いまだに、お腹がすくと機嫌が悪くなります。

我ながら「大人なのに本当に残念だな」と思います。。

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子育てしていて、最近はちっちゃいよその子との交流も増えましたが(幼稚園の送り迎えとかで)、

「生まれ持った気質ってあるんだな」

と感じます。

がまん強い子って、3歳にして、そういう気質を持っているのがひしひしと伝わるし、ダイレクトに色々表現せずにはいられない(わがままっぽいけど、芸術家気質とも言える)子も、その子が持って生まれた「表現せずにはいられない情熱」みたいなものを抱えている、そんな印象を受けます。

 

まだちっちゃい子たちなので、就学した後は、そういう気質を色々持ちながらも、環境によってまた色々と変化していくんでしょうけど。

 

私はもともと、我慢強くありません。

そして、「自分の感情に、自分自身が結構ふりまわされる」ところがあります。

同時に、周りの人も巻き込んでふりまわします。

(長男が、私のそういうところに激似で、困ります(笑))

 

もしかしたらなんですけど、こういう性格が大人になるまで続いた(というか現在進行中)原因のひとつとして

「子供の頃に、それらを完全燃焼する機会を自ら得ようとしなかった」

こともあるのかな、と思いました。

うちは三兄弟で、年子で、末っ子の私は、とにかく「お母さんの用事を増やしちゃいけない」みたいに小さい頃から思っていました。

 

これを言うと引かれるかもしれませんが、私は物心ついた頃(小学生くらい)から、親に本音で喋ったことはない気がします。

本音で喋ると、怒られることが多い、と子供ながらに感じ、自己防衛するようになったからです。

(でも、多かれ少なかれ、子供はそういうところがあるかもしれませんが。)

 

ただ、感情はあるので、時々、ためていた感情が爆発したり、急に機嫌が悪くなったり(その序章は色々あるのだけど、その経過は全く表に出さないので)はする。

 

すごく面倒な性格だし、急に機嫌が悪くなったりするので

「怒点がどこにあるかわからない」と親しい友人に苦情を言われることもあります。

 

一見、親のせい、て思いたいところなんですけど(そう思っていた時期もある)、他の兄弟は、全然そんなことないんですよね。

どちらかというと、これも気質の部分が大きくて、そして同時に、成長過程でもそれらについて面と向かって「NO」と言われる機会もなく、大してその部分に関して問題意識もなく大人になってしまった、という感じ。(要領よく、ここで機嫌悪くするのはまずいという場面は読むので)

 

そんな中で、転機はやはり仕事と、家庭を持ったことかもしれないです。

仕事では、シビアな状況の他者の方と関わることもあり、その方たちの生き様を見ながら自分自身を振り返ることも多く。

 

家庭を持って、他者との生活を営んでいくことで、さらにいろいろなことを考えさせられました(他人事みたいな言い方ですが、、)。

そんな中で感じたことは、

「自分の勝手な感情は仕方ない。思ってしまうことも否定すべきではない。ただ、それを直接ぶつけるのは、やっぱり違うかも」

ということです。

 

やっぱり、ママをやっていると、

「こんなこと思っちゃいけないんじゃないかな」

てこと、なんだか、たくさんあります。

 

「子供の世話、面倒だな」とか

「一人になりたいな」とか

「なんでよりによってこの日に熱出すかな」

「会社行ってくれてた方が楽なのに。。」

とかとかとか。。。。

思ってしまった後に、罪悪感。

 

でも、それを

「こんなこと思って!私って最低!」

とか、自分自身で自分の気持ちを否定しようとすると、それはそれで、やっぱり苦しい。

否定することで、新たなストレスというかしわ寄せがどっかに行ってしまう。

だから、その気持ち自体は、自分の中で認めてあげようと思います。

 

ただ、それを直接ぶつけるのは、やっぱり人と生活する上では良くないことだと思っているので、(多分、直接ぶつけ続けたら、いずれ家庭は崩壊します)そこは気をつけようと思っています。

 

自分の感情を自分で、一旦認めるだけで、結構落ち着きます。

そして、そういう自分勝手な感情って、結構「一時的なもの」なんですよね。

一旦認めて、それからぐっと表には出さず、ほとぼりが冷めると

「あれ、なんであんなことで猛烈に腹を立ててたんだっけ?」

と思うことが多いのです。

だから

「ああ、あの時言わなくてよかったぁぁ」

と99 %思います。

やっぱり短気は損気なのです。

 

まあ、一番いいのは、もっとご機嫌に過ごせることですね。

不惑間近ですが、精進いたします。

 

 

 

【貧乏性】歯にお金をかけても良いですか?

今、迷っていることがあります。

歯の治療です。

自費で時間と手間をかけて、保険診療外のものを使って治療してもらうか、保険範囲内で一般的な治療を受けるか。

 

日本は国民皆保険制度のおかげで、皆が一定水準の治療を受けられるようになっていますよね。歯科であれ、内科であれ。

 

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ただ、歯科は一般的な診療の保険点数がありえないほど低いらしく、保険診療で真面目にやればやるほど赤字になってしまう現実があるようで。

その最たるものが根管治療。(歯の神経の治療)

手間も技術もいる治療なのに、保険診療だと、その点数は驚くほど低いらしいです。

根管治療でも、保険の範囲内でしっかり最善を尽くしてくれる歯科医さんがほとんどだと思いますが、保険診療の物理的な限界もあるようで。

 

しっかり丁寧な時間をかけて、マイクロスコープを使って、などなど治療の確実性や質にこだわると、行き着く先は「根管治療専門医」の「自費診療」になるのかなと思ってます。

 

根管治療じゃなくても、詰め物もそうですよね。保険診療の銀歯にすれば安いけど、こだわってセラミックとかの保険診療外にすれば値段は跳ね上がります。

 

私が今いちばん恐れていることは、今、もし自分が思う「最善の治療」をせずに、のちのち、今の歯が、60歳とか70歳とかになって痛んで抜歯とかインプラントとかですごいお金がかかったりしんどい思いをしたりして、

「あの時、ちょっと頑張ってでも納得できる治療をしとけば良かった」

と思うこと。

 

でも、それは実際に時間が過ぎてみないとわからないことですよね。

私の友達は、立派なセラミックの自費の詰め物を詰めて、全部で数十万かかったけど、結局、数年でまた虫歯になったよ!と嘆いてました。

 

家族に相談したら、

「先のことは誰にも分からないけど、なるべく良い治療を受けたら?歯にお金を使うのは大事だよ。バッグや洋服、グルメにお金つぎ込むのとは違うんだから」

と言いました。

 

ごもっとも。

でも、私の生まれ持った貧乏性が色々心にブレーキをかけます。

「私ごときが、自費の高い歯科治療を受けて良いものか」

という謎の貧乏根性です。

 

まあでも、家族にしてみたら、ここ1ヶ月以上

「歯が痛い」

「治療が不安」

だのブツブツ言い続けている私に対し、

「ごちゃごちゃいい続けるくらいなら、さっさと気がすむ治療しろ!」

と思っているはず。。

 

こういう時に、思い浮かべるのは姉です。

私の姉なら、多分、何の疑問も躊躇もせずに、

「一番良い治療を受けるに決まってるじゃない」

と言い放つと思います。

私の逡巡を見て、「なんで迷うの?」と不思議な顔をすると思います。

 

同じ家庭で育ったのに、姉と私は不思議なほど価値観が違います。

多分、生まれつき違っている気がします。

姉は、ちっちゃな頃からかなりお姫様然とした女の子でした。

 

自分が納得するような可愛い服を着るのは当たり前。

良い環境を選ぶのは当たり前。

質が良いものしか選ばない。

などなど、幼い頃から徹底していて、それが自然で、無邪気なチョイスなんです。

 

姉は、そんな感じのまま大人になり、でもちゃんと自分で稼ぎながら、自分の流儀をそのまま貫いています。

大したものだなあ、と思います。

ここはお金を使う、と決めたものに対しては、何のためらいもなく、ちゃんとお金をつぎ込めるのです。

 

私は、いちいち、どこにお金を使って良いのか分からず、いまだにブレブレです。

自分を大事にする、てこともイマイチ分かってないのかな、とも思います。

 

それにしても、20代の頃に衝動買いしたバッグとかアクセサリーとかのあのお金、

「歯の治療のために取っておけば良かったぁぁぁ」

とか思いますが、まあ、仕方ないですね。

20代の頃に、アラフォーになった頃の自分の歯の心配なんてするわけありませんものね。やれやれ!

 

 

【うまくいかないことだらけ】いまはちょっと、我慢の時期

8月もようやく終わります。

長かったような短かったような。

お恥ずかしながら、幼稚園始まってからの方が、なんだか疲れてます。

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夏はずっと甲子園を見ていました。

9回までの両チームの攻防。

劣勢に思われたチームが、ちょっとしたハプニング(エラーとか、うちぞこないの内野安打とか)で、一気に流れを引き寄せて終盤逆転する、というのはプロ野球よりも高校野球の方が圧倒的に多いですね。

 

「流れが来る」までの間、じりじりと、うまく行かない時間を、どれだけチームで我慢して耐えるか、というのも「流れを引き寄せる」「来た流れを一気に自分のものにする」ために大事だと思いました。

 

優勝した大阪桐蔭は、さすが野球エリート集団だけあって、そういうのは徹底して訓練してるんでしょうね。

「がまんの時間」でも途切れない集中力、無駄な失点はしない、という「マイナス状態の時に崩れない」スキルは、全ての出場校の中でやっぱり抜きん出ていた気がします。

(どれだけ試合見ているのか。。。)

 

夏の終わり、まさしく今が「我慢の時期」だと思っています。

体が多分、疲れているようで。

 

昨夕、疲れすぎて、夕飯の準備の途中で布団の上に「ぽふっ」とうつ伏せで横になったら、なんと、そのまま本当に起き上がれなくなってしまったのです。

子供達は面白がって、乗っかってくるんですが、どうしても動けません。

 

夫に「動けない!」とメールしたんですが、いつもいつも「疲れたSOS」みたいなメッセージを送りつけているので、「動けない!」では何も伝わらなかったらしく、今回も「はいはい」というレスポンス。

「狼少年」とはまさにこのこと。。。!自業自得。。

 

そういうわけで、帰宅した夫が子供達に(私が瀕死で作った)夕食を食べさせてくれたんですが、夫もなかなか現在激務でして、自分が本来いたわって欲しいくらいの状況。

 

しかし、私は私で、「本当に」体が動かないので、私は寝そべった状態(そのそばのダイニングで家族がご飯食べてる)のまま「本当に動けないんだよ」と涙ながらに訴えました。

 

外野から見たらただのコントですね。

 

涙が出てきたのは、つらいとかしんどいとかじゃなくて、

「こんな自分が不甲斐ない。体の動かない自分が猛烈に悔しい」

という気持ちが、心の底から湧いてきたからでした。

私は、案外、勝気な人間なのかもしれません。

子育て関連で泣いたのは、今回が初めてです。

(臨月の時に、お腹が重すぎてしんどくて夜中に泣いたのが多分最後)

 

厳密に言うと、「子育て」についてというよりは、「自分の体力的、精神的なキャパの限界」への悔し泣き、ていうのが自分本位な私らしいですね!

(ちなみに体が動かないのは、一人で一晩別室で寝させてもらったら多少回復したけど、それでも未だ本調子じゃないです)

 

現在、

  • 私の夏疲れピーク
  • 子供達の幼児喧嘩ピーク
  • 夫の激務ピーク(9月に大きなプロジェクトがある)
  • 園行事の準備いよいよピーク近い(バザー、運動会)

と、いろいろ「ピーク」な状況が重なってます。

ついでに、なぜか、色々な些細なことがスムーズに行きません。

 

こういう時は、ただただ「いまは我慢の時期」だと思って、騒がず焦らず手を広げず、淡々と過ごそうかなと思ってます。

やがて状況は変わるので。

ちなみに現在、在宅で趣味でやっていた副業が波に乗りかけた状況で、(ちょっと企業からお声がかかったりとか)本腰入れてやりたいな、と思っていたのですが、ちょっと今の状況では、これ以上手を広げるのは難しいので、ペースを上げることは控えようと思っています。

(そもそも人生で優先順位の高いことじゃなかったので、それで良いと思っています。)

また、本当にやりたいことはまた別にあり、それはもう少し子供が大きくなってから超本気で取り組みたいと思っていて、それをいまできないことは、自分でも納得しているので良しとしています。

 

あとは、、、この疲れが続くようなら、さすがに病院行こうかと思います。。

なんて言えばいいんでしょうね?

「体が動かないんです」

と言っても、一応病院来てたらなんか嘘言ってるみたいだし。

「不定愁訴」とか言えばいいのかな?

 

とりあえず早く、涼しい秋がこないかな。

 

 

 

女優になりたい!と子供が言ってきたらどうするか

努力したら絶対になれる、という職業じゃないものに「なりたい」、ともし子供が言ってきたらどうするか、という妄想をしました。

(育児疲れで死にそうなのに、こういう妄想は常にしています)

 

それで、一番端的な職業は「女優」かな、と思ったのでお題にしてみました。

ちなみに子供は3歳と1歳です。

まったく現実に迫っていないからこそ、冷静に考えられると思って考えてみました。

 

なぜ女優、と思ったのかというと、先日、NHKで「おげんさんといっしょ」という

www4.nhk.or.jp

というスペシャル音楽番組をたまたま見ていて、生放送で高畑充希さんが歌っているお姿を見て、色々感じ入るものがあったからです。

 

高畑充希さん、とても可愛らしい実力派女優さんですが、特に今まで、何かを感じたことはなかった(個人的にはアンニュイな女優さんが好みなので)のですが、

その番組で歌を歌う高畑充希さんは、すごく目がキラキラして、尋常じゃなく生き生きしていて、

 

「ああ。この人は女優になりたいという気持ちを元々すごく強く持っていて、おまけに女優になる資質にも恵まれ、ちゃんと正しい努力もして、今ここにいるのだろう」

となんとなく思いました。

 

wikiで調べると、

舞台鑑賞が好きな両親の影響を受けて小学生の頃より舞台女優を志す[3]。幼い頃から『オペラ座の怪人』や蜷川幸雄作品に親しみ、同級生がアイドルやJポップの歌を聴く中、『レ・ミゼラブル』などのミュージカルサントラを好んで聴いていた[4]。小学校から中学校までの間に舞台や芸能事務所のオーディションを十数回も受けて全て落ちていた。数々のオーディションを受ける一方で、受からなかった時には早稲田大学の演劇研究会に入ろうと、小学校低学年から塾に通って猛勉強し、中高一貫の進学校である私立四天王寺中学校へと進んだ[3][注 2]

(wikipediaより引用)

 

とのことで、やはり、猛烈な女優志望魂を幼い頃から持っていたことが伺われます。

 

すごいなあ。と思いました。

NHKの朝ドラの主演もしているし、そのうち大河の主演もするんじゃないでしょうか。

 

そんなこんなで、もし、自分の子供が「女優になりたい」しかも「個性派女優ではなく本格派美人女優になりたい」(?)と言ってきたら。

 

高畑充希さんみたいな強い女優志望魂を持っていたとしても、「資質」「努力」「運」「コミュ力」などが強烈に重なり合わないと、多分 あそこまで行くことはできないと思います。

 

そしてまず「資質」が一番大きく問われるという事実を、理解させることは、10代とかで可能なのかなと悩みます。

 

歯並びとかはそれなりに直せますが、顔のバランスや輪郭、全体の骨格などの生まれ持った資質は、どれだけ頑張っても、生まれ持った資質が大事。

 

その資質の上に、不断の努力や人脈作り(事務所とか入らなきゃいけないし)、そして最後は運。(オーディションに受かる、とかもある程度、人とのご縁でしょうし)

 

なかなか難しいですね。

いやあ難しい。

 

その中でも、一番「オーソドックスで、堅実なやり方」を必死で考えてみました(どれだけ暇なのか)。

まずは、文学座や青年座などの老舗の劇団の付属研究所に入って(それだって倍率すごいけど)、そこで研修科などの上に上がる。上がれなければ、そこでスパッとやめて違う道に行ってほしいかも。

 

できれば、もっと運や資質に左右されないもので、人生勝負していってほしい、と思うのは、私がせっせと保守的な生き方をしてきたからでしょうか。

「お母さんみたいな人生送りたくないのよ!」とか言われたら、ショックですね。

「いや、私の人生は置いといて、冷静に見てあなたは…」みたいなこと、言いたいですが、言いづらいでしょうし。

あとは、その熱意が、どこまで本物かですね。

それを見極めることが、大事かもしれません。

 

まだまだ先のことを妄想してみました。が、やっぱり難しくて、答えは出ません。妄想にしては難易度高めな問題でした。